渡辺酒造店
福来純本みりん
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池田酒店にご連絡をくださいます方へのお願い

Eメールにてお願い申し上げます。
飛騨高山 池田酒店は、数少ない人員での運営をしており、実店舗での営業・梱包・発送も同時にこなしております。時間帯によっては、折角の有益な情報・大事なお知らせを十分に聞けないまま、お電話での対応ができず、お客様にはご迷惑をおかけしてしまいます。できるだけ多くのお客様・マスコミ関係者の方々に、詳しくお聞きできるために、池田酒店として詳しくお答えできるために、悪質な営業電話と区別していただきたいためにも、どこにいてもお答えできるために、メールでのコンタクトにできるだけご協力くださいますとありがたく存じます。

ご意見・ご感想・ご質問・ご苦情・ご提案など一般的なお問い合わせは、 info@hidaroman.com(池田酒店 店主 池田尚哉) によろしくお願い致します。
または、 お問い合わせフォーム をご用意しておりますので、そちらより送信くださいますよう、お願い申し上げます。


掲載や取材のご依頼に関しましては
飛騨高山 池田酒店および当店取り扱いの商品に興味をお持ちくださいましてありがとうございます。無料で宣伝告知・商品提供にご協力いただけるマスコミ様の取材は出来る限りお受けするよう努力しております。まずは、以下に お問い合わせフォームをご用意 しておりますのでフォームをご使用の上、お問い合わせ下さい。


過去の掲載履歴
掲載年
掲載内容
2003年
Googleアドワーズ道場
Googleアドワーズ道場

飛騨高山 池田酒店が90〜97ページにわたって掲載されております!
著者の小山陽子様に感謝です!
小山さんは凄腕プロデューサーですよ!の HPはこちら
All about Japan ギフト
All About Japan ギフト
ちょっと差をつける☆ お中元に、金メダル受賞ビール!のガイド記事に当店のご案内している飛騨高山麦酒の特集を組んでいただきました!
この場をお借りし御礼申し上げます。
アントレ SOHOの仕事場から
リクルート アントレ.net
SOHOの仕事場から   のコーナーに店主を掲載していただきました。
この場をお借りし、感謝御礼申し上げます。
2002年
8月18日 テレビ朝日
 「決定!日本のベスト100「おいしい!デザート甘味100選」

「飛騨の地酒ゼリー」が紹介。
TBS ベストタイム
「飛騨の地酒ゼリー」が紹介。
月刊CYBiZSOHOコンピューティング2002年6月号P113
「攻め!」のネットショップ7つの新常識に当店が紹介。
5月13日付 朝日新聞マリオン21「くらし」
当店取り扱いの「飛騨の銘酒ゼリー」が紹介。
ショッピング情報「LATENTION」
DragonField「 L A T E N T I O N」第166号
X・Knowledge Eカンパニー
2001年

西東社「WEBショップ〜出店 ホームページ作り 代金回収〜
著者:加藤ちえ様

日経ムック「独立を考えたときに読む本」
スタジオ・キューブ様のご紹介で店主の名刺が紹介。
アスキームック 「インターネットでお店やろうよ!」
2ページにわたって掲載
実業之日本社 ブルーガイド  旬味の宿に掲載

ぴあ関西版(1月15日発売)

2000年
SBSプレス EコマースSUPERマニュアル

2002年で31歳。1971年4月生まれ。池田酒店の長男として生まれ、店が小さいながらも、父や母の姿を見て育ち、小学校・中学校・高校・大学へと進み、バブルの絶頂だった1992年当時は、どこも売り手市場、まだ実家の家業を継ぐつもりの無かった僕は、私的にはどこかの会社に就職して、5年ほどしたら家業を継ごうかな・・・と思っていました。継がないつもりは無かったんです。
いずれは酒屋の跡取りとしてやっていくつもりでした。
ところが、バブルがはじけてしまってからは、一気に厳しくなり、お前に長男。明らかに長男だからという理由といわんばかりに断られた・・ということもありました。いろいろ探しました。大学の就職課にも何度となく出向き相談しました。地元の市役所の採用試験も受けてみました。すべて落ちました。それはなぜか・・・・
本来就職活動をすべきときに、実家で家業の手伝いをしていたためです。父の一言、「お前が継がなければ俺はいつ死んでもいい」と・・・・・
脅すつもりがないのですからたちが悪い・・・・・本気だったんですよ。
これをひしひしと肌に感じていた僕は、休みになると実家に帰り手伝いをしていたわけなんです。
(そりゃ落ちますわな)
不採用となるべくして時間は過ぎていったわけです。
大学を卒業し、すぐに実家に帰り、父と共に家業の仕事をして3年・・・・転機は訪れました。
父の病死です。

父の病死後、転機は訪れました。父にしかできないこと・・・・当然私がどんなに真似をしようとしても到底無理な話。近づくことはできてもそれを越えることはおそらくできないでしょう。それが父親ってもんです。だからこそ偉大な父だと私は誇りに思っています。
さて、父にはできて私にはできないこと、父にはできなくて私ならできること・・・・それは何か・・・・・・・・・
インターネットを使って何かできないか?そう思ったのがオンラインショップに出会うきっかけになったのかもしれません。

そもそもインターネットとの出会いとは、請求書を作るためのパソコンソフトを導入するため、というのが本来の目的でした。ですが、当時(今から7年前)は、今となってはただの箱・・・のようなパソコンが何十万としていたんです。おまけに酒屋の請求書専用ソフトといったらめちゃくちゃ高い!そんな高い買い物なんだから、専用機ではなく、それ以外にも使えるものがいい・・・・ということで、いわゆるパソコンとパソコンソフトを1997年に導入・同時に地元のプロバイダに加入したわけです。当時、新機種での通信速度28.8K!!!いまではADSLや光通信の常時接続が多くなりましたが、ダイアルアップでしかなかったので、電話代がネットだけで3万を超える日も・・・・・さすがにお袋に叱られてしまいました。
当時、ネットサーフィンという言葉がはやり言葉のように、ぼちぼちインターネットというものがどういうものかあちこちで話題になりつつあったところへ・・・・・

パソコンでの操作がわからないときは雑誌を買って読む、ネット出の情報を知るにはをするには雑誌を読む、損に日々が過ぎて1年、とある雑誌のコラムにあの一言が!!!まさに衝撃的でした。

「雨降って傘屋どっと混む」

これは私にはとても衝撃的でした。洒落がずばりはまっていたこと、「いったいこの人は誰?どんなページを作っている人?」ととても興味を持ち、早速アドレスを直打ちし、覗いてみたわけです。
これがオンラインショップとの出会いでした。


上記での絶妙なキャッチコピーを作られた心斎橋みや竹(代表:宮竹和広さん)では、オンラインショップの交流の場として「戦略会議室」というBBSで全国のショップマスターとの交流をされておりました。私はまだこの時点でオンラインショップとしてのページを持っていなかったので、ただ見ているだけでしたが、この掲示板のおかげで、よし作ろう!と思い一念発起したものです。
さて、この時点で、どうやったらページが作れるのかあまりわかってなかった自分。どれぐらいお金がかかるのかあまり良くわからなかった自分。電話代に3万もかかって頭の上がらなかった自分は、とにかく安く上げようと・・・レンタルサーバーを借りるのにいろいろと調べること半年・・・・・ずいぶんかかりました。

さて、レンタルサーバーも借り、ホームページも作りました、サーバーにアップしました。さあ、売れるだろう・・・・なんて勝手に思っていました。上記の「戦略会議室」にも書き込みをし、さらにログを見てわかったのですが、あの宮竹さんをはじめ、オンラインショップをはじめた方が、最初に始めて売り上げをするのになんと3ヶ月もかかったとか!!実際当店での初の売り上げまでにはゆうに6ヶ月もかかりました。
最初のお客様が池田酒店でお買い物をしてくださったことに関しては非常にうれしかった・・・・。訳もなくうれしかった。実家に帰って御用聞きをし、初めてお客さんに買っていただいたときのように。おまけにその方は、アドバイスまでしてくださったのです。
今でも一番最初に買ってくださったお客様のお名前はしっかりと覚えています。その方のお陰で、私は売ることの喜びを得ることができ、今の池田酒店はあるようなものです。

上記に何度も出てきた「戦略会議室」で、OSMC(オンラインショップマスターズクラブ)なる団体を知ることになります。全国のオンラインショップが切磋琢磨し、頑張るオンラインショップの交流を深め、更に発展し、信用を作り出していくための会員制フォーラムです。迷わず参加したい!そう思いました。ですが、実店舗での要領と、オンラインショップとの要領がまだまだ軌道に乗っていなかったので、どう参加したら実店舗でのお客様にご迷惑をおかけしなくてすむか、真剣に考えました。考えを改めたんです。参加をしないで出不精になっていたら、私にとってのいい情報を自らの行動でつぶそうとしていたんですね。家族を説得し、協力のもとで参加することができるようになったのです。この時の妻の力強い言葉はとてもありがたかったです。なんでも自分ひとりでやらなくてはいけない・・・そんな使命感が自分を苦しめていたのかと思うと、ちょっと肩の荷が下りた・・・そんな感じです。家族の協力なしではオンラインショップは絶対できない、そう断言しても過言ではないです。

打ち上げ花火というのは、打ちあがって花開いたときはとても多くの人々を魅了する、とてもきれいなものです。ですが、そのきれいな花火も一瞬のうちになくなってしまいます。池田酒店はそんなお店にはしたくない!地味ではあるけれども、末永くお客様に育てていただける、またお客様に喜んでいただける酒屋でありたい、そう思っています。また、とても敷居の低い、近所の酒屋さんのような感覚でいていただければと思います。そのためには努力は惜しまない、私なりの私にしかできない熱意を持ってこの池田酒店を頑張って参りたい、そう思っております。

池田酒店の目指すところは、飛騨の地酒・地ビールのポータルサイトを目指しております。ただいま飛騨に関してですと約9割の商品が池田酒店で購入ができるようになっております。飛騨高山は観光都市。年間300万人もの方が訪れるこの場所で、お土産としてお買い求めになられた地酒・地ビールをもう一度飲みたい、そのために飛騨高山に来ることは交通的にも時間的にも難しい・・・・思い出深い商品であればなおさらである。今までは、お客様が欲しいといっても、どこにあるのかわからずじまいだったが、インターネットでの出会いによって、地酒・地ビールと一緒に思いでも一緒に愉しんでもらえる、そのお手伝い、また、気軽に買っていただける敷居の低い酒屋を目指しております。
こうしたことを継続することによって、伝統的な日本酒の保護・貢献につながるものと確信しております。

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